人の死に関わることを避けたいという気持ちは、人間としてごく自然なもので、普遍不易の感情です。実際にも、人の死に関わる施設(墓地、葬儀施設等)をわざわざ用もないのに訪れ、ましてやあえてその近所に住もうと思う人は、ほとんどいないでしょう。
それでは、今まさに住んでいる家の近隣に、新たに葬儀施設ができた上、日々遺体が安置され葬儀が行われるようになった場合に、常に人の死を意識して生活せざるを得なくなった住民としては、施設側に対しどのような法的手段をとることができるでしょうか。
それでは、今まさに住んでいる家の近隣に、新たに葬儀施設ができた上、日々遺体が安置され葬儀が行われるようになった場合に、常に人の死を意識して生活せざるを得なくなった住民としては、施設側に対しどのような法的手段をとることができるでしょうか。
最も単純かつ直接的な手段としては、訴訟(又は保全手続)で、住民の人格権に基づき、葬儀施設の営業の差止めを求めることが考えられます。
しかし、残念ながら、住宅地での葬儀施設営業に対する法的規制は、都市計画法上の用途地域による制限など以外は見当たらず、地方公共団体の条例等による対応も未だ不十分といわざるを得ません。
そのため、基本的に、住宅地での葬儀施設営業が法律上禁止されているわけではありません。むしろ、憲法上保障されている営業の自由を根拠に、原則どこでも葬儀施設を営業することが認められているのが現状です。
また、葬儀施設は通常誰しもがお世話になる施設ではありますし、近年高齢化社会により年々死亡者数が増えるにつれ、葬儀施設に対する需要が高まっているという事実もあります。そのため、国又は地方公共団体としては、規制を厳しくすることで、葬儀施設を営業する会社が減っては困るという事情もあるのでしょう。
以上のことから、葬儀施設の営業自体を差し止めることは非常にハードルが高く、過去の裁判例でも葬儀施設の営業差止めが認められた事例は見当たりません。平成22年の判例ですが、営業差止めではなく、葬儀の様子が見えないよう施設側に目隠しの設置を求めたにすぎない事例でも、最高裁判所はこれを認めませんでした。
前置きが長くなりましたが、このような背景がある中、当事務所が住民側の代理人として、人格権に基づき、ある葬儀施設に対する営業差止めの仮処分命令を申し立てたところ、神戸地方裁判所姫路支部の合議体で全部認容の決定がなされました。
より事案につき具体的に述べますと、住んでいる家のまさに真横(壁と壁とが接着している隣の建物)で直葬施設の営業が開始されたことにより、人格権の一内容である平穏に生活する利益が侵害されているとして、住民側がその営業の差止めを求めた、というものです。
直葬とは、通夜等の宗教儀式を行わず、火葬のみを行う葬儀の形態です。そして、上記直葬施設とは、火葬の前に遺体を安置する施設であり、そこで通夜等は行われないものの、遺族の方が喪服で来られることは度々ありました。
また、営業開始までの経緯として、施設側が周辺住民に対し説明会等を行っておらず、営業が始まる寸前まで同所で遺体を安置する旨報告していないことに加え、住民が気づき説明を求めた後ですら、施設側から十分な説明、交渉が行われなかったという事情がありました。
上記のとおり、営業自体の差止めというのは先例もなく非常にハードルが高いものではあります。
しかし、遺体が安置されているすぐ横で、これまでと変わりなく日常生活を送ることができるかと問われれば、誰もが「できない」と答えるでしょう。
確かに死に対する考え方や感情は様々であるものの、人の死に対して恐れや恐怖感を持つこと、死者の祟りを恐れ、死者との関係を排除し、表には出さず、距離を置こうとする気持ちは、人間の根源的なものだと思います。
直葬施設の隣で強制的に日々生活させられることで生じる苦痛が、単なる個人的な感情の問題にとどまらず、社会通念上受忍しえない不快感、嫌悪感と認め、仮処分ではあるものの営業差止めを認めた本決定は、法と常識に適った、正当な結論を導いたものだと思います。
上記のとおり、葬儀施設(特に、直葬、家族葬等、簡易な形態の葬儀を行う施設)は今後増加する傾向にあり、そうだとすれば、本件と同様の事態が各地で起こる可能性は大きいでしょう。
同様のトラブルに直面した際には、本件が参考になると思いますので、是非当事務所までご相談ください。