森重文・京都大学数理解析研究所教授が、世界最大の数学者団体「国際数学連合」の、日本人初の総裁に選出されました。8月11日です。
森さんは、昭和44年京大理学部に入学しました。東大の入試が中止となった年で、日本中の秀才が集まりました。また当時の京大理学部は医学部に劣らないほどの秀才の集まりでした。
その年の入学式は1分で終わったり、入学して半年間は授業が実施できなといった状態でした(授業が始まりそうになると、ヘルメット姿の皆さんが乗り込んできて授業ができないといったことの繰り返しでした)。
卒業式も勿論ありませんでした。理学部の事務所で卒業証書を受け取り、2階の会議室でお茶とお菓子を頂きました。
森さんは、平成2年、「数学のノーベル賞」とも呼ばれるフィールズ賞を日本人で3人目の受賞を果たしています。
その際週刊誌に載っていた「私の理論を理解できる人は世界中で10人もいないでしょう。」との言葉が心に残っています。
私も、昭和44年京大理学部に入学しました。やはり数学者になろうと思って入学したのですが、この有様です。
入学して半年間授業がなかったため、田舎出の若者だった私は、怠惰な生活を覚えて学問の世界から落ちこぼれてしまいました。
森さんがフィールズ賞を受賞したときには、私は既に弁護士になっていたにもかかわらず(もう別世界の話なのです)、身の程知らずも、甚だしい限りですが、嫉妬心ではらわたが煮えくりかえる思いでした。
私の業界では、「私の理論を理解できる裁判官は日本中で10人もいないでしょう。」なんて言うと、間違いなく裁判は、連戦連敗です。
まるで算数の分からない裁判官相手に、子供にものを言うように説明するのです(これは私の言葉ではなく、私が新米の頃の先輩弁護士の教えです)。
私も大学入試の時や司法試験では頑張りましたが、それ以降はどうかというと自信がありません。
偉業を為す人は勿論才能もあると思いますが、不断の努力が全く違うのでしょう。遅きに失しておりますが、今からでも見習いたいものです。
森重文先生本当にお目出度うございます。


