2014年08月

 森重文・京都大学数理解析研究所教授が、世界最大の数学者団体「国際数学連合」の、日本人初の総裁に選出されました。8月11日です。
 
 
  森さんは、昭和44年京大理学部に入学しました。東大の入試が中止となった年で、日本中の秀才が集まりました。また当時の京大理学部は医学部に劣らないほどの秀才の集まりでした。
 
 
 その年の入学式は1分で終わったり、入学して半年間は授業が実施できなといった状態でした(授業が始まりそうになると、ヘルメット姿の皆さんが乗り込んできて授業ができないといったことの繰り返しでした)。
 
 
 
 卒業式も勿論ありませんでした。理学部の事務所で卒業証書を受け取り、2階の会議室でお茶とお菓子を頂きました。

 
 
  森さんは、平成2年、「数学のノーベル賞」とも呼ばれるフィールズ賞を日本人で3人目の受賞を果たしています。
 
 
 その際週刊誌に載っていた「私の理論を理解できる人は世界中で10人もいないでしょう。」との言葉が心に残っています。
 
 

 私も、昭和44年京大理学部に入学しました。やはり数学者になろうと思って入学したのですが、この有様です。
 
 
 入学して半年間授業がなかったため、田舎出の若者だった私は、怠惰な生活を覚えて学問の世界から落ちこぼれてしまいました。

 
 
  森さんがフィールズ賞を受賞したときには、私は既に弁護士になっていたにもかかわらず(もう別世界の話なのです)、身の程知らずも、甚だしい限りですが、嫉妬心ではらわたが煮えくりかえる思いでした。
 
 
 
 私の業界では、「私の理論を理解できる裁判官は日本中で10人もいないでしょう。」なんて言うと、間違いなく裁判は、連戦連敗です。
 
 
 
 まるで算数の分からない裁判官相手に、子供にものを言うように説明するのです(これは私の言葉ではなく、私が新米の頃の先輩弁護士の教えです)。
 
  私も大学入試の時や司法試験では頑張りましたが、それ以降はどうかというと自信がありません。
 
 
 偉業を為す人は勿論才能もあると思いますが、不断の努力が全く違うのでしょう。遅きに失しておりますが、今からでも見習いたいものです。
 
 
 森重文先生本当にお目出度うございます。

事務局です。
 
先週、早めの夏休みを貰って、友人二人と出石へ行って来ました。
一泊二日のプチ旅行です。
 
 
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   ← 出石と言えば、
    辰鼓楼ですね。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
のんびり温泉に浸かり、ゆっくりする。
ホテルにチェックインする時間だけ決めて、他は何も決めずに、車を走らせる。
時間に追われることなく、あるのは友人との語らいだけ。
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                 駐車場から見た
                  出石城です。→
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
いつもの旅行は、あっちへ行ったり、こっちへ行ったり。
綿密に計画を立てて、時間どおりに動く。
動いていないと、勿体ない気がして…。
しかし、今回の旅行は何もしない。
リフレッシュ出来ました。
こんな旅行も良いものです。
 
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 ← やはり、昼食は
   名物出石そばですね。

  今回の事件の不条理は大きすぎて、被害者の家族の方には慰めの言葉もありません。心よりお悔やみ申しあげます。誰しも普通の幸せを求めるものだと考えれば、また、加害者の家族も、被害者とは比べようもありませんが、不幸であったことは否定できません。
  それでも、加害者の父親にはもっとできることがあったのではないかと思います。それは加害者の親個人を責めるのではなくて、子を持つ親として子供とどう対すべきかという観点で考えたいと思います。

1 加害者の父親は、事件後1週間経って謝罪文を発表しました。その内容には、「道義的責任を直視した対応をさせていただく決意」とのことですが、法的責任は全くないのでしょうか。

    父親は今年の3月に金属バットで頭を殴られて入院するほどのけがを負ったこと、6月には「人を殺しかねない」と精神科の医師が児童相談所に通報したこと、本件の直前には、本人が「自分の中に人を殺したい欲求があると」言っていたことなどからして、相当な危険が分かっていたのです。そもそも、4月以降、加害者をマンションに一人暮らしさせたのも、父親にとって「このまま同じ家に寝ていると命の危険がある」と精神科医師から助言されたからだとのことです。

  それ程危険な加害者を、何らの監視なくして町に放置してはそれこそ危険でしょう。
  法的にも民事責任の生ずる可能性は極めて大きいし、刑事責任も全く問題にならないというものでもない(要するに、可能性は低くてもあり得る)かも知れません。

2  昔、友人の弁護士と「親殺しと子殺しとでは、どちらが悪いか」と話したことがありますが、議論するまでもなく「子殺しの方が悪い」という結論になりました。かって、刑法で、親殺しには尊属殺人罪といって死刑又は無期懲役という、通常の殺人罪より格段に重い刑罰が定められていましたが、昭和48年に最高裁によって憲法の平等原則に反するとして無効と判決されました。昔は、親に対するそういった行為は通常の殺人より重い社会的道義的非難を受けるのが当たり前だと考えられたのです。

    私たちの考えは全く逆です。
    親は子供を庇護する立場でありまた子供は親に対して全幅の信頼をしているのですから、それを裏切って子殺しするなどとは、断じて許されないのです。親が殺されるのは、自分の子育てが悪かったからであって、自分の責任なのです。
 
3 子供が他人を殺そうとしたら、親は体をはってでも止めるべきだと思います。しかし、裁判所は決してそうはいいません。親といえども自分の身の安全を図るのは権利です。法律的にはその通りです。ただ、子供が他人に対して加害行為する危険があれば、そしてそれが切迫していれば、危険を防止するためにできるだけのことをする責任は、道義的責任としてだけでなく、法的責任としてある、はずなのです。

 
  そういった困難な子供を育てるというのは想像を絶するほど大変なのでしょうが、私のように古い人間から見れば、最近の親子関係は、距離感が離れすぎているように感じます。子供が不幸せだったらそれだけで親は幸せになれない、でしょう。いっとき、親には子供とは別の人生・幸せがある、などといった風潮が流れ、そのかっこよさが世間に蔓延してしまいましたが、私はその風潮は間違っていると確信しています。

 笹井芳樹先生は再生医療の第一人者であったことは間違いありません。STAP細胞などという不確かなものに関わったのは、魔が差したというしかないのでしょう。
 
 ユニットリーダーは過去200回以上成功したといいました。その200回が、どれくらいの期間でか定かではありませんが、その研究生活5年間で均等割にしても年間40回、10日に1回は成功した計算になりますし、成功がこの1年間に200回ということであれば、2日に1回は成功した計算になります。また、それだけ何回も成功しているなら、最初の頃より格段に手際よく成功するでしょう。理研の場所を使って実験を開始して1ヶ月にもなるのに成功したという報道は聞きません。この先成功する見込みは、限りなく低いと考えるしかないのでしょう。
 
 笹井先生としては、これまでのご自身の経歴からすれば許すことのできない汚点だと感じたのかも知れません。われわれ凡人には計り知れないところですが、少なくとも60歳くらいまでは何とか耐えて欲しかったと心より思います。今までの評価は決して理由のないものではなかったはずであって、現状は一時的なものだと思うからです。
 
 さて、1月以降の一連の流れの中で、弁護士の行動は果たして世間から評価されうるものであったでしょうか。私自身、ここ数年弁護士に対する一般の応対が急速に冷めたものになっているように感じ、それは、決して私個人の問題ではないと思うのですが、いかがでしょう?

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